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歴代の天皇誕生日が祝日になる日とならない日の違いは?改元や元号の決め方も解説

2023年11月7日

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皇居

天皇陛下のお誕生日を祝う祝日、天皇誕生日。

この日は、天皇陛下のお言葉をはじめ、皇室の日常を伝えるメディアも多く見られます。

一方で天皇誕生日というと、ついこの間までは12月23日だったはずだと思う方もいるのではないでしょうか。

天皇誕生日はいつ変わるのか、なぜ祝日なのか、いつから始まったのかなどを具体的には知らない方もいるでしょう。

今回は、天皇誕生日の由来はじめ、日付の変更や祝日になった理由など、歴代の天皇誕生日を振り返りながら紹介します。

天皇誕生日の歴史や元号の意味などを知ることで、日本という国を築き守り続けてきた天皇の存在の大きさが理解できることでしょう。

他の年中行事・イベントについては、下記記事でまとめていますので併せてご参考ください。

天皇誕生日とは

皇居前で日本国旗を振ってお祝いする国民

天皇誕生日は、天皇陛下のお誕生日をお祝いする国民の祝日です。

国民の祝日に関する法律(祝日法)でも、「天皇の誕生日を祝う」ことを趣旨としています。

法律上の定めはありませんが、外交上では国家の日として扱われています。

天皇誕生日の由来

天長地久(イメージ)

天皇陛下のお誕生日は1873年(明治6年)頃、明治時代からお祝いする行事として存在しており、当時は「天長節」と呼ばれていました。

天長節は、中国の思想家である老子の「天長地久」という言葉から、天地が永久に不変であるように物事がいつまでも変わらずに続くことを意味して、唐の玄宗皇帝の誕生日をお祝いしたことに由来しています。

終戦後の1948年(昭和23年)には、国民の祝日に関する法律(祝日法)が制定され、国民と天皇陛下の距離を縮めるための日として、より親しみを感じられるように「天皇誕生日」と変更されました。

このように、天皇誕生日の歴史は150年以上にわたり、現在も続いている祝日の中では最も古いといえるでしょう。

天皇誕生日の歴史・移り変わり

明治天皇陵

天皇誕生日は、天皇陛下が代替わりされる度に変更されるため、現在の天皇誕生日は2月23日です。

上皇陛下になられた平成の天皇陛下が在位していた時は、12月23日でした。

そして、現在の天皇陛下は2019年5月1日に即位したため、2019年は明治時代以来初めて天皇誕生日を祝わない年になりました。

明治時代の天皇誕生日:11月3日=文化の日

大正時代の天皇誕生日:8月31日=平日

昭和時代の天皇誕生日:4月29日=昭和の日

平成時代の天皇誕生日:12月23日=平日

令和時代の天皇誕生日:2月23日=天皇誕生日

明治天皇の誕生日は、前述の通り天長節と呼ばれていました。

大正時代に入ると、天長節は大正天皇の誕生日である8月31日に変更されましたが、明治天皇の遺徳を仰ぎ、明治時代を追憶する趣旨で「明治節」という休日で制定されています。

そして昭和時代の戦後、1946年の同日に平和と文化を尊重する日本国憲法が公布されたことにより、明治節から「文化の日」と定められました。

文化の日については、下記記事で解説していますのでご参考ください。

天皇誕生日が平日と祝日に分かれる理由

昭和天皇陵

前述の通り、明治天皇の誕生日は「文化の日」として祝日に制定されました。

そして昭和天皇の誕生日は、昭和天皇の在位が62年と歴代天皇の中で最も長かったこと、2006年までは4月29日が「みどりの日」としてゴールデンウィーク期間の1日にあたることから、現在の4月29日は「昭和の日」という祝日になっています。

これは、昭和天皇の誕生日である4月29日が、そのまま別の祝日へ「昭和の日」として置き換えたことが特例であるためです。

昭和の日(みどりの日)については、下記記事で解説していますのでご参考ください。

しかし、歴代の天皇誕生日を見ると、大正天皇の誕生日だった8月31日や平成天皇の誕生日である12月23日も祝日にならないのかと不思議に思うことでしょう。

天皇が代替わりすると誕生日は変更され、その時の天皇誕生日は祝日になりますが、先代の天皇誕生日は原則として平日に戻ります。

これは、今日まで一貫して定められているルール通りです。

また、平成天皇の場合は、特例法で生前退位による譲位が認められ、上皇陛下は皇位を退かれました。

ご存命中とはいえ、一貫しているルールとして、12月23日は平日に戻ったわけです。

そして、天皇誕生日は天皇の誕生日を祝う日のため、成人の日やスポーツの日のように月曜日を祝日とするハッピーマンデーの対象ではありません。

天皇誕生日は、元日や憲法記念日(5月3日)のように官中行事に該当する日のため日付が固定されている祝日です。

ハッピーマンデーについては、下記記事で詳しく解説していますのでご参考ください。

現在の天皇誕生日

現在の天皇誕生日は、第126代天皇徳仁(令和天皇)の誕生日である2月23日です。

天皇誕生日は月日が決まった祝日ですが、明治時代から一世一元となり、即位する天皇ごとに天皇誕生日は異なります。

1人の天皇と1つの元号で紐づけているため、基本的には天皇の崩御(天皇が亡くなること)により、次の天皇が即位される時に天皇誕生日の日付が変わります。

皇室典範では、天皇が死去した場合のみに皇位が継承されると規定されています。

昭和天皇が亡くなった後にその長男が平成天皇として即位した時も、4月29日から12月23日に日付が変わりました。

2月カレンダー

生前退位・譲位による異例の皇位継承

しかし、平成天皇がまだご存命なのに、少し前まで12月23日だった天皇誕生日が2月23日に日付が変更されたのはなぜでしょうか。

これは平成天皇(現在の上皇)が健康上の都合によって公務を果たすことができないと、自らの意志で退位することを表明し、当時の皇太子(現在の令和天皇)に譲位したためです。

2019年5月の皇位継承は、2017年6月に成立した平成天皇の生前退位を実現する皇室典範の特例法に基づく憲政史上、前例のない代替わりとなったことは国民にとって衝撃的な出来事だったことでしょう。

皇室典範

社会科の授業で、息子などに天皇の地位を譲って政治の実権を握った政治体制を「院政」と呼ぶことを習ったと思いますが、明治時代に皇室制度を定める皇室典範が作られ、天皇は一度天皇になると亡くなるまでその地位にある「終身制」となりました。

つまり明治以降、生前退位は認められてこなかったわけです。

そして、平成天皇の退位日を定めた政令により、現在の天皇陛下(令和天皇)は2019年5月1日午前0時の日付変更とともに即位されました。

ちなみに、天皇の譲位は202年ぶりで、平成の天皇陛下は「上皇」に、美智子さまは「上皇后」となりました。

皇族の正装

天皇陛下(天皇)について

天皇陛下は、日本国憲法から引用すると「平和な日本という国の象徴」です。

皆が平和に幸せに生きていけるようにと、いつも願いながら公務をされています。

テレビなどメディアを通して、世界や日本のさまざまな場所を訪れている様子を見たことがある方も多いでしょう。

それぞれの国や地域の人の話を聞いたり見たりしながら、温かいお言葉をかけるなど皆の幸せを願っているのです。

また、各国要人の歓迎や文化的行事への出席など、儀式的な公務も多いです。

天皇(イメージ)

なお、天皇陛下は日本国の象徴とされていますが、政治的権限はありません。

天皇には国会開会式の出席などといった憲法上の義務もありますが、こうした国事行為は内閣の助言と承認を要します。

天皇制は、日本固有の宗教である神道と密接に結びついており、神道は儀式を非常に重んじる宗教で、天皇は定期的な宗教儀式を行なうことが求められます。

このことは、退位の手続きにおいてテレビや出版などで理解した方も多いでしょう。

退位というのは、皇室典範に関する発言だと見なされる可能性があるため、自ら退位したいとは明言できませんでした。

退位礼正殿の儀を含む、天皇陛下によるお言葉は内閣の承認を得る必要がありました。

このように退位・譲位は複雑な手続きになっているため、ご高齢を考えると退位から即位までの段取りをもう少し効率化できるといいですね。

元号の意味と改元の流れ

天皇が変わると、時代を表す元号も変わります。

直近では、2019年に平成天皇の退位により「平成」から「令和」に変わりました。

現代で元号を使用しているのは、実は日本のみであることをご存知でしょうか。

元号の意味と西暦との違い

元号(げんごう)は、もともと中国・唐の時代から取り入れられた制度で、現在では日本だけにある年の数え方です。

日本書紀によると、中大兄皇子らによる大化の改新が行われた西暦645年に、「大化」という元号を用いたのが始まりです。

明治以降は天皇一代につき元号1つという制度が適用され、その歴史は現代にまで引き継がれており、現在の「令和」は248番目の元号となります。

ちなみに西暦は、イエス・キリストが生誕された年を始まりとした数え方です。

日本で西暦が使われるようになったのは、世界との交流が盛んになった明治時代からで、世界には他にも仏暦やイスラム暦などの数え方があります。

平成31年と令和元年の500円硬貨

改元の仕組み

改元とは元号を改めることで、それまで使用してきた元号を廃し、新たな号を冠して元年から始めることです。

元号を公式に用いている国は日本のみといわれており、改元も日本のみで存続している習わしとなっています。

現代日本における改元は、皇位継承に付随する形でのみ行われます。

天皇(君主)一代につき元号をひとつのみ定めることを「一世一元」といい、明治以降に一世一元が原則化されました。

平成から令和への改元

明治時代に一世一元が確立して以降、大正・昭和・平成への改元はいずれも天皇の崩御に伴う形で行われてきました。

しかし、平成から令和への改元は、天皇陛下のご意向を受けて2019年に退位・譲位が執り行われ、崩御に伴わない形で改元が行われることになりました。

天皇崩御によらない改元は、200年以上ぶりの出来事といわれています。

平成と令和の色紙

現在における元号の決め方

元号は、多くの選ばれた学者たちが考案した候補名を内閣が選びます。

従来は旧・皇室典範で規定されており、天皇がいくつかの候補の中から最終的に決定していました。

しかし、新しい皇室典範では元号に関する規定はなく、現在は内閣が決めることになっています。

元号の決め方としてはまず、漢文学や国文学関連の大学教授ら有識者が考案し、提出された候補名を整理・検討した上で内閣総理大臣に報告され、内閣官房長官や内閣法制局長官らによる審議で元号の原案をいくつか選びます。

その後、学者や文化人などの有識者による元号に関する懇談会、衆議院と参議院の議長・副議長の意見聴取、全閣僚会議を経て、閣議決定により新元号が発表されます。

元号は、その時代を表す日本の文化そのものです。

国会議事堂

元号の選定条件は6つ

元号の選定条件として、「年号の歴史」(1996年雄山館発行)によると6つあるそうです。

(1)国民の理想としてふさわしい、よい意味をもつもの
(2)漢字2文字であること
(3)書きやすいこと
(4)読みやすいこと
(5)これまでに元号または送り仮名として用いられていないこと
(6)俗用されているものでないこと

元号という文化は、前述の通り中国から伝わってきたもののため、元号の名称は中国の古典から引用されていることが主です。

例えば、「昭和」の由来は、四書五経の1つである「書経尭典」の「百姓昭明、協和萬邦」からきており、一言でいうと「心を合わせて仲良くしよう」という意味で、国民の平和と世界各国の共存繁栄を願ってつけられたそうです。

また「平成」は、安岡正篤という陽明学者が考案したもので、中国の古い歴史書から由来し、「内外、天地とも平和が達成される」という意味があるとされています。

これは、日本が平穏で周辺の国々と仲良く歩んでいけるようにという思いが込められており、その願い通りに、平成時代は戦争がなく平和な時代となったことでしょう。

古典を読み上げる男性

元号「令和」の意味・由来

前の元号は「平成」で、平成天皇だった明仁さまは1989年1月7日に即位しました。

平成31年の最後の日は、天皇が退位した4月30日となります。

そして、翌日の5月1日が新天皇となる徳仁さまの即位1日目、つまり新元号「令和」の初日です。

日本政府は令和の意味について、「beautiful harmony=美しい調和」と説明しています。

令和の「令」には、「命令」「秩序」のほか「縁起の良い」「良い」という意味があり、「調和」を意味する「和」は、「peace=平和」を意味する言葉にも用いられます。

月の数え方は西暦に従うため、令和2年は2020年5月1日からではなく、1月1日から始まります。

令和の色紙

天皇誕生日の行事・過ごし方

天皇誕生日には、特に何をする日という決まりや風習はありませんが、当日の行事やおすすめの過ごし方を挙げてみました。

皇居での一般参賀、儀式

一般参賀は、皇居が開かれて天皇陛下が国民から祝賀を受ける行事です。

両陛下が皇族方と皇居・宮殿のベランダに立ち、東庭に集まった人たちに手を振って応える姿をテレビで見たことがある方も多いでしょう。

日本国旗を振る国民

午前に複数回行われ、直接国民の祝賀を受けるとともに、天皇陛下は毎回お言葉を述べます。

参賀者は、皇居正門から入門し、宮殿東庭で祝賀した後に退出します。

午後は、宮殿で祝賀行事が行われるため、記帳のみとなります。

参賀者は、坂下門から入門し、宮内庁庁舎前で記帳するか名刺を提出した後に退出します。

宮殿では、祝賀の儀・宴会の儀・茶会の儀などが行われ、皇族をはじめ内閣総理大臣、政治家、諸外国の要人などが招かれます。

神道神社での天長祭

当日は橿原神宮や伊勢神宮をはじめ、全国各地の神道神社で天長祭が行なわれます。

出雲大社:天長節祭

伊勢神宮:天長祭

天長祭は、天皇陛下のお誕生日をお祝いし、陛下の御長寿と皇室の安泰、国民の安寧と繁栄を祈願するお祭りです。

現在は、天皇誕生日という国民の祝日ですが、戦前までは「天長節(てんちょうせつ)」と呼ばれていました。

1948年の祝祭日改定で祭典が廃止されたため、天長節は天皇誕生日となり、祭典は「天長祭」に改名されたのが経緯です。

橿原神宮

神話を調べる

皇室の先祖は神様といわれており、現在も神様として祀られている皇族や天皇、上皇はたくさんいます。

皇室の存在を通して、日本神話に触れてみるのも楽しいでしょう。

サッカー好きならサッカー日本代表のエンブレムをよく知っていると思いますが、あのエンブレムのモチーフとなっている「八咫烏(やたがらす)」も、皇室と深い関わりがあります。

皇室と八咫烏の関係については、下記記事をご参考ください。

終わりに

日本国憲法第1条より、天皇は「日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であって、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基づく」と記載されています。

旧暦の紀元前660年、初代天皇に即位したと伝えられる神武天皇は、奈良の地を都に日本という国を作りました。

長い歴史を経て、日本を築き守り続けてきた歴代の天皇は、まさに日本の象徴といえるでしょう。

日本の歴史は、天皇抜きに語ることはできません。

天皇誕生日は天皇に親しみ、日本の歴史に思いを馳せる機会をもてる日です。

当日は天皇陛下のお誕生日をお祝いし、天皇のご健康とご長寿、そして私たち国民の平安をお祈りする気持ちで過ごしたいものですね。

以下の記事では、初代天皇である神武天皇が即位した日である「建国記念の日」について紹介しています。

紀元前660年1月1日に天皇即位した日がなぜ、日本という国を作ったことを記念する祝日になったのか解説していますので併せてお読みください。

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