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涙が止まらないほど儚くも美しい「桜のような僕の恋人」/ 宇山佳佑

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自分や自分の家族、もっとも大切な人が難病に罹ってしまったとき。
普通より数十倍の速さで年をとり、1年以内の命しかないと告げられたとき。
あなただったらどんな生き方を選ぶだろうか。

今回紹介する本は、宇山佳佑さんの「桜のような僕の恋人」です。

当ブログでは、本の中で気になった言葉や心に残るメッセージを引用しつつ感想を書いていきます。
文中にはネタバレもありますので、読みたくない方は「感想・レビュー」の見出しにかかる本文を飛ばして読んでいただけると幸いです。

桜のような僕の恋人:基本情報

書籍名:桜のような僕の恋人
作者名:宇山佳佑
出版社:集英社文庫(集英社)
発売日:2017年2月17日

その他:2022年3月24日よりNetflixで全世界独占配信(主題歌:Mr.Children「永遠」)

書籍について知りたい

主要な登場人物

朝倉晴人
カメラマンの夢を諦めたフリーター青年

有明美咲
ファストフォワード症候群を患う美容師

有明貴司
居酒屋「有明屋」を営む美咲の兄

簡単なあらすじ

美容師の美咲に恋をした主人公・晴人は、ちょっとしたことから彼女とデートをすることになる。
職業を偽っていたことを美咲に知られた晴人は、彼女に認めてもらいたいと一度は諦めたカメラマンの夢を再び目指す。
そんな晴人の姿に美咲も惹かれていき、やがて2人は恋人同士になるが、その幸せな時間は長くは続かなかった。

美咲は夢だった美容師になり、一人前になるため日々奮闘していたが、ある日、人より何十倍もの速さで老化が進んでしまう難病を発症してしまう。
夢を諦めた美咲は、自分の変わりゆく姿を晴人にだけは見せたくないという思いで別れを決断する。
美咲との別れに自分の目標を見失いかける晴人だったが、美咲に再び会いたい一心である行動を起こす。

満開の桜のような美咲と出会い、諦めかけていたカメラマンへの夢に向かっていく晴人と、難病にかかってしまう美咲の切なくも美しいラブストーリー。

感想・レビュー

フリーターとしてうだつの上がらない生活を送っていた主人公の朝倉晴人は、初めて入った美容室で美咲に一目ぼれをして以来、月に1回足しげく美容室に通っていました。

桜が美しく花開いたある日、晴人は勇気を出して美咲をデートに誘おうと決意するも話をするきっかけが出てきません。

そこで美咲が桜を話題にした瞬間、今しかないと思った晴人は散髪中にも関わらず急に後ろを振り向いてしまいます。

その瞬間晴人の耳たぶを切り落としてしまい、目の前には青ざめた顔をする美咲。
お詫びに何でもすると口にする美咲に、晴人はデートをしてほしいと頼み、2人は花見デートをすることになります。

フリーターなのにカメラマンであると嘘をついていた晴人でしたが、美咲にふさわしい男になる、今の自分を変えたいと、晴人は再びカメラマンの夢を目指して動き出します。

断れない状況でデートに誘う晴人に、当初は憤りを感じる美咲でしたが、誠実でまっすぐに想いをぶつけてくる晴人のことを次第に意識し、心惹かれていきます。

アクシデントから恋へ発展するのは現実にはなかなか起こることはないですが、どういう形であれ動機は一瞬の出来事から始まることは同じかなと思います。
人を好きになるのに理由はないといいますし、心惹かれていく動機は、自分が変わるきっかけでもあるのではないかなと気づくでしょう。
人が一番強く変わりたいと決意できるのは、その動機に誰か大切な人がいる時だと感じました。

交際が始まり、この幸せが続けばと願う2人でしたが、美咲は自身が病気であることを知らされます。

病名は、ファストフォワード症候群。
人の数十倍の速さで老化していき、発症してから1年で命を落とすという難病で、治療方法も確率されていないということです。

体力が落ち白髪が増えてきた美咲は、これ以上、自分が老いていく姿を晴人だけに見せたくないと別れという辛い決断をすることになります。

美咲との別れに自分の目標を見失いかける晴人は、先輩や師匠に叱られたり思うように先に進まなかったりと、仕事に悩み迷走していきます。

美咲から別れを告げられた時に晴人は何も思わなかったのでしょうか、どこかでそれに気づいて一緒に頑張っていくか恋人を支えていくか、そういう流れになるのかと思っていたら、まったく気づかない展開にじれったくなりました。

美咲の病気を知ったのは、もう病気の末期になってからでした。

美咲の兄・貴司による妹への献身とは裏腹に、進行していく美咲の病。
晴人は貴司から美咲の病を告げられ、美咲のためだけの写真展にきてもらうよう告げます。

自分の年老いた姿を見せたくないけど、晴人の写真を見たい、晴人に会いたいという美咲の葛藤。
覚悟を決めて写真展を見にいくと、飾られていたのは美咲と晴人が一緒に見た景色でした。

その後、公園の入り口で晴人を見つける美咲。
美咲が被っていた桜色のニット帽が風で飛ばされ、晴人は落ちたニット帽を拾い上げると美咲に笑顔で差し出します。
美咲は晴人が自分に気づいていないことを悟り、涙を堪えて目の前にいる恋人に向かって、精一杯笑ってみせます。
美咲はニット帽を受け取ると「ありがとう」と告げ、晴人は会釈して歩き出し美咲の前からいなくなってしまいました。

美咲がこの世を去ったのは、写真展から数日後のことでした。
晴人は美咲の部屋を訪ね、桜色のニット帽を目にします。
そこでニット帽を渡した老婆のことを思い出し、美咲に気づけなかったことを後悔しました。
泣いても、謝っても、美咲は戻ってこないことに絶望します。

しばらくして貴司から生前の美咲が晴人に遺した手紙を受け取り、そこには写真展で会えなかったけどまた会えることを楽しみにしていること、晴人の写真をもっと見たいということ、これからも素敵な写真を撮ってほしいということを、「ありがとう」の言葉とともに綴られていました。

それから数ヶ月が経ち、また桜の季節がやってきます。
満開の桜を見上げながら、晴人は恋人の顔を思い浮かべます。

美咲を写した写真は1枚もないけれど、それでもこの心に焼きつけていたいと肩に下げたカメラを構えてファインダーを覗きます。
美咲に届くようにと願いながらシャッターボタンを押し、彼女のいない新しい季節を心の中に刻みます。

20代には重い経験だっただろう、美咲への想いを大切にするという晴人の気持ちは尊いと思いました。
美咲の病や気持ちに気づけなかった晴人の後悔、手紙を送る美咲の最後まで晴人を気遣う気持ちに心打たれました。

まとめ

書籍名の通り、「桜」が何度も登場してきます。
花見デートを申し込んだきっかけだったり、晴人が美咲を桜のような人と褒めたり、桜色のプレゼントを渡したりなど、随所に桜のワードが出てきます。

桜は、国内外問わずたくさんの人に愛され、美しく咲き誇る反面、あっという間に儚くも散ってしまうものです。
晴人と美咲の関係もまた、短いわずかな期間に美しく輝いた後、瞬く間に終わってしまいます。

桜の美しい部分と、短期間しか咲かない部分の対比。

その二面性がまた桜を輝かせるものではあるけれど、それが恋愛や人生に当てはめるととても悲しいものになってしまうと考えさせられます。
美しくも儚い晴人と美咲の恋が、桜という刹那的な美しさをもった花に象徴されていると感じました。

人より早く老化が進み、短期間で死に至るファストフォワード症候群。
現実には存在しないものの、もし罹ったらと思うと怖くなってしまいます。
それも「美」に最も気を遣うであろう20代の女性にとって、どれだけ辛いことだろうか想像するだけでも胸が押しつぶされそうになりました。
また、好きな人と一緒に歳をとっていくことができない辛さも伝わってきて悲しかったです。

「病気は体を不自由にさせるだけではなく、心や人生までも不自由にしてしまう」
確かにその通りで、美咲が病に苦しむ様子が痛々しく、それでも晴人を想う気持ちはとても愛おしかったです。
美咲が晴人に宛てた最後の手紙にはやはり涙があふれてきます。
晴人には美咲の想いをしっかり受け止めて生きていってほしいと思いました。

晴人と美咲だけでなく、美咲の兄・貴司とその婚約者含め登場人物のどの立場にたっても辛い展開で、それでも最期まで生きた美咲は立派だったと思います。
何年も繰り返し咲く桜のように、ずっと晴人がシャッターを切れますようにと思わずにはいられません。

小説を読んで、涙したのはこの本が初めてでした。

本業の休憩時間にタイミングの悪いシーンにきてしまい、切なくて辛くて、途中で読んだことを後悔したり、読むのを止めようかと思ったほどです。
それでも見届けたいという思いで最初から最後まで一気に読ませてくれた小説でした。

美咲の絶望と晴人に会いたいけど傷つきたくないという心の葛藤。
最後の再会に美咲は笑顔で「ありがとう」と伝えることができたし、晴人の後悔はカメラマンとして歩んでいく原動力になったでしょう。

春に桜が咲き、そして季節が移ろいゆく様子と、美咲の儚く切ない人生が重なります。
「変わっていくもの」と「変わらないもの」の切なさや尊さが描き出されていて、今年も桜を見れたことに感謝せずにはいられませんでした。

著者の宇山佳佑について

宇山佳佑(うやま けいすけ)

神奈川県出身の脚本家、小説家。
著書は「桜のような僕の恋人」「君にささやかな奇蹟を」「恋に焦がれたブルー」などがある。
脚本ではドラマ・映画の「スイッチガール!!」「信長協奏曲」などを執筆。
@uyamakeisuke

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