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生きづらさを和らげてくれる「わたしの美しい庭」/凪良ゆう

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学生時代に大切な家族や恋人を亡くしたとき。
あらゆる面で八方塞がりになり身動きがとれなくなったとき。
あなただったらどんな人生を送り、どんなものを断ち切りたいでしょうか。

今回紹介する本は、凪良ゆうさんの「わたしの美しい庭」です。

当ブログでは、本の中で気になった言葉や心に残るメッセージを引用しつつ感想を書いていきます。
文中にはネタバレもありますので、読みたくない方は「感想・レビュー」の見出しにかかる本文を飛ばして読んでいただけると幸いです。

わたしの美しい庭:基本情報

書籍名:わたしの美しい庭
作者名:凪良ゆう
出版社:ポプラ文庫(ポプラ社)
発売日:2019年12月

主要な登場人物

百音(もね)
10歳の小学生で両親は5年前に亡くなっている
百音を引き取った統理は百音の母親の元夫

統理(とうり)
マンションの屋上にある神社の神主でフリー実務翻訳家
百音の父親代わりで、百音とは血の繋がりはない

路有(ろう)
百音と統理の隣の部屋に住む住人
ゲイで移動式の屋台バーを経営している

簡単なあらすじ

百音は血はつながっていない統理(とうり)と2人暮らしをしており、朝になると同じマンションに住む路有(ろう)がやってきて3人で朝食を囲むのが日課。
3人が住むマンションの屋上庭園には小さな神社があり、地元の人からは「屋上神社」「縁切りさん」などと呼ばれている。
統理が管理する「縁切り神社」を舞台に、そこを訪れる「生きづらさ」を抱えた人たちと「わたし」。
統理と百音と路有の3人を中心に進んでいく5話収録の連作短編集。

感想・レビュー

―目覚まし時計が鳴っている。
真夏のアブラゼミみたいなとんでもない音だ。―
目覚まし時計の音を表現した書き出しから始まる、独特な世界観です。

屋上に庭園があり、その奥に「縁切り神社」の置かれたマンションがあります。
田舎暮らしを始めた両親に代わって神職を継いだ統理は、引き取った元妻の子供で血の繋がりのない百音と暮らしていました。
朝になると同じマンションに住む路有が移動式の屋台バーを終えて訪ね、3人で朝食を食べながら過ごすのが日課となっています。

縁切り神社は何でも断ち切る神様を祀っていることから、家族やカップルは立ち寄らないようにしている神社ですが、ここにはさまざまな悩みを抱えた人たちが訪れ、何かを断ち切りたいといつも願っています。

この小説は各章で主人公が変わる短編集で、冒頭から主役とする人が誰で、3人とどう関係するのか、初っ端からグレーの状態で混乱しますが、読み進めていくと途中から背景はっきり見えてくる展開はこれも戦略なのでしょう。

わたしの美しい庭Ⅰ

小学5年生の百音(もね)は、統理(とうり)と2人暮らしをしています。
百音は5歳の時に両親を交通事故で亡くし、統理は血は繋がっていないが元妻の娘である百音を引き取りました。
そこへ隣に住む統理の親友でゲイの路有(ろう)が、朝食を一緒に食べにくるのが日課となっています。
マンションの屋上庭園の奥に縁切神社があり、統理は神職(宮司の仕事)を継いでいて、フリーとして翻訳の仕事もしています。

ちょっと変わった感性をもつ小学5年生の百音は、8歳の時に血の繋がっていない統理との2人暮らしで近所の人に関係を言われてモヤモヤしていました。

─世の中には、いろんな人がいるんだよ。
自分の陣地が一番広くて、たくさん人もいて、世界の中心だと思っていたり、そこからはみ出す人たちのことを変な人だと決めつける人たち。
わかりやすくひどいことをしてくるなら戦うこともできるけれど、中には笑顔で見下したり、心配顔でおもしろがる人もいる。─

“幸せに決まった形なんてないんだから”
“形があっても自由にしていいんだよ”

統理の言葉に心動かされた百音は、手渡された形代に「よくわからない灰色のモヤモヤしたもの」を書き、縁切りします。

まだ物事をわかっているようで理解できていない、それでいて質問はストレートで核心を突く、10歳にしては考えがしっかりしていることに驚きましたが、幼い頃に両親を亡くしたことで達観した自立心が身についたのでしょう。

縁切り神社での禊ぎ
形代は両手を広げた人の形をした白い紙で、縁切りしたい内容を書いたら縁切り神社(屋上神社)へ行き、祠の横に設置されているお祓い箱にすべり落とします。

あの稲妻

同じマンションに住む39歳の独身女性・桃子が主役で、母から見合いを勧められてうんざりしているところから始まります。
職場ではお局として煙たがられており、気分転換に路有が経営する屋台バーの飲み屋へ行き百音や統理との交流が生まれます。

実は、桃子は高校時代に当時付き合っていた彼氏がいて、初めて結ばれた翌日に交通事故で亡くしていました。
浴衣を着て花火大会にいく予定の直前のことで、「浴衣、すげぇ楽しみ」と彼氏に言われていたので、路有に「桃子さん、(浴衣)すげえかわいい」と言われ昔を思い出し泣いてしまいます。

桃子はあの時の浴衣を保管したまま、自分だけが今もあの夏を更新できないでいることを悩んでいました。

─けれど歳月だけではないでしょう
たった一日っきりの
稲妻のような真実を
抱きしめて生き抜いている人もいますもの─

統理からもらった茨木のり子の詩集を読んで、無理に彼氏のことを忘れるのを止めます。
母のお小言にも自分を保ち、「世間体」を縁起りしました。

ロンダリング

新しい彼ができそうだけど、前に進めない日々を過ごしている路有が主役の話です。

路有は、4年前に同棲していた彼に突然捨てられたことが尾を引いています。
その彼は親のために女と結婚したのに、その元恋人から暑中見舞いが届きました。
メッセージがないことに疑問と葛藤を抱えながらも、路有は仕方がなく元恋人に会いにいきます。
ところが元恋人の妻が妊娠中だとわかり、路有と逃げたいというものの結局はただのマタニティーブルーでした。

この元恋人が本当にひどくて、奥さんと別れて逃げたいと言っておきながら、昼に奥さんの作ったカレーを食べているわけです。
また、路有がいくら言っても止めてくれなかったのに、生まれてくる子どものために禁煙していました。

路有が元恋人と別れてボロボロになった当時を回顧するのですが、その時に百音と統理が何も言わずに優しく迎え入れてくれた空間に涙しました。
結局は元恋人を説得して形代を書かせて帰ってきますが、縁切りの内容は「逃げ癖」です。

兄の恋人

基(もとい)が主役の話で、誰と関わりがあるのか途中までわかりませんでした。
基は、前章に登場した桃子の亡き彼氏である坂口くんの6つ年下の弟です。

ゼネコンに勤めていましたが、激務の末うつ病になり、彼女を東京に残して実家に帰ってきました。
早く仕事に復帰しないと、早く彼女と結婚しないと、と焦るたびに病は悪化していきます。

治療で通院することになったメンタルクリニックの受付で基は、偶然桃子に再会します。
その後にも兄の命日には悩んだ挙句に墓参りに行き、先にお参りしていた桃子と会います。

路有の屋台バーでも偶然会って飲んだり、東京に残した彼女にプロポーズしようと突然家を訪ねたりしますが、彼女の負担になっていて結局別れることになります。
絶望的になった基は、頑張ることを諦める、病気を受け入れる、ことが必要でした。
形代はここでは書かない、少し元気が出て行動したらその後にまた落ち込んで寝込む。
これを繰り返しながら日々を過ごしていきます。

もう同じ仕事には戻れないかな…となった時には吹っ切れて、自分をもう一度を愛してやろうと思えた時に「再就職の斡旋」を縁切りしました。

わたしの美しい庭Ⅱ

最終章には、また百音が主役の話となります。
学校の授業で「思いやり」について学び、帰り道で両親のことを女子たちが愚痴っている中、突然謝られて百音はモヤモヤします。

かわいそうな子扱いされたことにむっとししてしまい、うまく処理できない感情を統理と路有が真剣に答えてくれる。
それでも統理は、子ども相手でもごまかさずにきちんとした言葉で説明してくれます。

“事実というものは存在しません”
“存在するのは解釈だけです”

ここでは百音が縁切りしたのは「へんな思いやり」でした。

一人ひとりが悩み苦しみ、不安の中で生きていて、でも時に互いを思いやり、自然な自分のままで優しい時間を共有している人たちの物語です。

マンションの屋上奥にある縁切り神社へ、次々にやってくるのは気鬱となる悪いご縁や悪癖など、すべてを断ち切りたいと、心に絡んださまざまなものと向き合う人々。

百音たち3人も、抱えきれないものをここで断ち切ることがあります。
どんな人がどんな人生を送り、どんなことを神社の前で断ち切って前へ進むのか。

別れや哀しみ、生きづらさを抱えた登場人物が、それぞれに背負った重い荷物と清々しく共に生きて行く決心をするのが読んでいてとても心地よいです。

いろんな形がある生き方の中で、生きづらさとか、それでも温かく支えてくれる人とか、人間らしさにあふれています。

扱っているテーマや内容は、重いものが多いのにスッと読めてなぜか美しい世界観に感じる不思議があります。
適度に距離感を保つ3人の包み込むような優しさの魅力がそうさせるのでしょうか。

悪い縁を断ち切り、良縁を残す、縁切り神社が関係する意味が理解できます。

まとめ

血の繋がりのない家族、LGBT、未婚の女性、死別、うつ病。
各章ごとに主人公が抱える悩みはさまざまで、みんな悩み苦しみながらも活路を見出し、前向きに生きていく。

皆それぞれが違って当然であり、焦らず自分を大事に生きようと思える。
自分らしく生きたいと願う人たちを勇気づける一冊です。

この世に生きる人たちがさまざまな形の生きづらさを抱えているように、この作品の登場人物もそれぞれに生きづらさを抱えている。
登場人物の生き方や思いに共感できる人も多いでしょう。
共感できるからこそ読んでる間、切なくて悲しくありながらも自分はこのままでいいのかなとぼんやり考えさせられます。

そして読んだ後は、自分で自分を認める、肯定するということは本当に大切なことだなと思いました。
他人がどう言おうと、自分にしか全うできない自分自身の人生です。
自己肯定感で自分は自分らしく生きていいんだという気持ちになって、心が少し軽くなります。

それぞれが世間の「普通」に、揉まれ苦しみながらも進んでいこうとする。
それぞれの立場での悩みは尽きないが、切りたい縁を神社に納めて前を向こうとする姿は清々しいです。

十人十色。
そんな言葉が昔からあり誰でもわかっているはずなのに、「普通」というものが世間一般をまかり通る。
そこから少し外れただけで「変わった人」と扱い、それは当人にとってはどれだけストレスになるのだろう。
普通という定義は人それぞれであり、自分にとっての「普通」を人に押しつけたらいけないな…と考えさせられました。

“それぞれの違いを認めること”
“受け入れられなければ黙って通り過ぎること”

統理のこの精神を心に留めておきたいと思いました。

著者の凪良ゆうについて

凪良ゆう(なぎら・ゆう)

滋賀県生まれ。
2007年「花嫁はマリッジブルー」で本格的に作家デビュー。
2017年「神さまのビオトープ」(講談社タイガ)を刊行。
2019年「流浪の月」「わたしの美しい庭」を刊行。
2020年「流浪の月」が本屋大賞を受賞し、2022年5月に実写映画が公開された。
2020年「滅びの前のシャングリラ」を刊行、2年連続本屋大賞ノミネートされた。

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