ある日突然、かつての恋人から手紙が届いたら。
その時にはすでに結婚を控えている恋人がいて停滞期の中にいたら。
嫌いで別れたわけでもない元恋人との思い出と今の婚約者との愛に挟まれている中で、あなたはどんな想いでその愛を受け止めるでしょうか。
愛している、愛されている、そのことを確認したいと切実に願うけれどなぜか恋も愛もやがては過ぎ去っていってしまうのか。
今回紹介する本は、川村元気さんの「四月になれば彼女は」です。
当ブログでは、本の中で気になった言葉や心に残るメッセージを引用しつつ感想を書いていきます。
文中にはネタバレもありますので、読みたくない方は「感想・レビュー」の見出しにかかる本文を飛ばして読んでいただけると幸いです。
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四月になれば彼女は:基本情報
書籍名:四月になれば彼女は
作者名:川村元気
出版社:文藝春秋(文春文庫)
発売日:2016年11月4日
主要な登場人物
藤代俊
主人公。精神科医。
伊予田春(ハル)
藤代の学生時代の彼女、ハルと呼ばれている。
坂本弥生
獣医で、藤代の婚約者。
簡単なあらすじ
4月、初めて付き合った彼女から手紙が届いた。
その時にはすでに僕は結婚を決めていた、愛しているのかわからない女性と。
天空の鏡と呼ばれるウユニ塩湖からの手紙には、瑞々しい恋の始まりとともに2人が付き合っていた頃の記憶が綴られていた。
ある事件をきっかけに別れてしまった彼女は、なぜ今になって手紙を書いてきたのか。
1年後に結婚を控えている婚約者や婚約者の妹、職場の同僚の恋模様にも劇的な変化が訪れる。
愛している、愛されている、そのことを確認したいと切実に願うけれどなぜ、恋も愛もやがては過ぎ去っていってしまうのか。
失った恋に翻弄される12ヶ月を描いた物語。
感想・レビュー
感想・レビューの文章内にはネタバレもありますので、読みたくない方は、この本文を飛ばして読んでください。
婚約中に届いた元恋人からの手紙
結婚を控えた精神科医の藤代俊のもとに、大学時代に付き合っていたかつての恋人・伊予田春(ハル)から手紙が届きます。
天空の鏡と呼ばれるウユニ塩湖からの手紙には、10年前に付き合っていた頃の記憶が書かれていました。
その後も届くハルの手紙から、大学時代に出会った頃から写真サークルでのこと、デートのことなど振り返る場面に切り替わっていきます。
その時に藤代には、婚約者の坂本弥生と結婚の準備を進めていました。
しかし弥生は突然、姿を消します。
「愛を終わらせない方法、それは何でしょう」その謎かけだけを残して。
ハルはなぜ手紙を書いて送ってきたのか。
そして、弥生はどこへ消えたのか。
元彼女ハルとの思い出と、今の彼女で婚約者でもある弥生との愛に挟まれている藤代の視点で話が進んでいくはずが、藤代の想いや気持ちが見えてこないことにじれったさが出てきます。
わざわざ手紙を送ってくる執念深さと、死にかけている状態でも自分の人生をきれいに終わらせたかったエゴに若干引いた気持ちがあり、ハルのその行動を理解しがたいと思う人がほとんどでしょう。
しかし、次第に2人の関係性や過去の出来事によって許されることもあると納得さえしてきます。
そのくらい背景や感情の描写がきれいで、さまざまな光と闇を見事に表現しているのです。
婚約者・弥生の気持ちに感情移入しては苦しくなり、元彼女・ハルの事情を知って切なくなり。
回想するハルとの恋愛
ハルと藤代の青さが残るどこか不安定な関係は、若い頃の恋を思い出すと同時に自分の中に強く記憶を刻みながらも生きていくしかないのだと悟ります。
初めて2人で写真を撮りにいって、今まで知らなかった自分の表情を切り取ってくれたハルに惹かれた藤代。
また2人でインドを旅して景勝地に朝日を見にいくも叶わず、またいつか一緒にこれると信じながら帰国したことも未来に期待を寄せていたはずでしょう。
気持ちもぎこちなく近づいていく2人の視線や学校で写真を撮り合ったりする甘酸っぱい日々は、まさに「学生の愛」「思春期の愛」です。
一方、大人になってからの愛は若い頃の恋がトラウマになったり傷つくことを恐れたりして、必死に何かを追いかけることをしなくなってしまう。
問題の解釈が難しいのが「大人の愛」です。
ハルと別れて以降、人をうまく愛せない藤代。
ハルと弥生への想い
仲もしっくりこないまま、結婚式の直前に姿を消した弥生。
そんなところへ、あるホスピスから連絡を受けた藤代は、ハルが末期ガンで最後の思い出に世界を旅していたことを知ります。
そして、ハルが生前最後に藤代に宛てた手紙を弥生が見てしまったことも知り。
その手紙を見た藤代はインドへの再訪を決意し、ホスピスを訪ねハルが撮り続けていた写真の数々を目にし。
その後にたどり着いた朝日の昇る場所で、行方知れずとなっていた弥生と再会し彼女とやり直すことを決意するのです。
感想・レビューまとめ
冒頭から手紙の内容が飛び出してきて、しばらく読み進めても登場人物たちの関係や背景が見えてこなくて途中で読むのを止めようと思ったほど入り込みにくい印象です。
これは、1人の男性の人生がようやく始まる話です。
婚約者との結婚を控えていながら愛に迷う男性が、学生時代の甘く苦い初恋の記憶と向き合っていく中で本当の愛を探し求めていく。
よくある恋愛小説かなと思っていましたが、言葉のひとつひとつが重く登場人物の言葉や葛藤ひとつひとつが心に深く突き刺さります。
みんな自分が一番可愛くて、そしてきれいごとでは済まない愛の部分を抱えています。
さまざまな愛の形を探しながら生きている。
愛とは、愛するとは何か。
人は自分が一番可愛いけれど、それを超えて誰かを愛せることは幸せでもある。
その人に愛されることは奇跡なんだと読んでいて苦しかったです。
また、ハルと弥生の感情も対比として深く表現されています。
藤代への未練があるわけではないけど、藤代を好きだった自分を振り返るハル。
学生時代に藤代と過ごした時の、無邪気で純粋無垢な自分はもう戻ってこない。
そうとはわかっていながらも、最期にそんな自分をもう1度取り戻したかったのではないだろうか。
一方で弥生からしてみれば、ハルがうらやましかったのではないかと想像できます。
結婚まで決まったのに自分への興味がない藤代が、ハルに対しては過去のことだとしてもどこかで意識しているのを感じ興味があった。
その事実が耐えられず逃げたくなったのではないかという、恋愛観・結婚観を問われた作品です。
印象に残った言葉・響いた言葉
愛を終わらせない方法はひとつしかない。
それは手に入れないことだ。
決して自分のものにならないものしか、永遠に愛することはできない。
(本書198ページ目より)
一緒に観た映画の弥生の感想に対して、藤代が初めて弥生と美しいものを分かち合うことができたと思った瞬間の言葉です。
手に入れないということは愛が始まりもしないということであり、最初から愛はないことになってしまいます。
私たちは愛することをさぼった。
面倒くさがった。
些細な気持を積み重ね、重ね合わせていくことをさぼった。
(本書223ページ目より)
そして弥生が家を出る前に「私たちはさぼった」と書き残しています。
確かに長く一緒にいると言わなくてもわかるだろう・わざわざ口に出していうことはないだろうと思うだけで、きちんと話し合う・気持ちを伝え合うということをしなくなったりしていくのでしょう。
藤代は、弥生となんとなく毎日その場その場をやり過ごしていたのでしょう。
長く一緒にいてもやはり人は1人ひとり気持ちは違うものであり、思うこと・感じること・考えること全てが違います。
その違うことを伝えて理解するか納得してもらわなければきっと一緒にはいられないでしょう。
しかしそれは気力が要ることで、それを避けて楽な方へ、まあいいかとやり過ごすとすれ違いがどんどん大きくなって取り戻せなくなる。
そして、弥生はどんどん怖い気持ちになっていく。
一度幸せになると、それが終わる時を想像して怖くなる。
そんなところへ、かつての恋が手紙という形で現れたわけです。
弥生にはそれが眩しすぎて、まだその恋がなんとなく残っているのを感じてうらやましくて。
でも自分のこの気持ちも逃したくなくて、偶然見つけた「伊与田春」の名前にすがったのかもしれません。
彼女に会えば何かを見つけられると思ったからかもしれない。
自分の愛の深さを計るのか、ハルといた藤代の欠片を見つけたかったのか、過去と今を見たかったのか…。
つまり、弥生の失踪は「逃げた」のではなく「向き合う」ため。
藤代は最初は平然としていたのに、いつまで経っても弥生は戻らないし見つからない。
どんどん追い込まれて疲れていって、ボロボロになっていく様子がたまらなく愛おしくなっていきます。
わたしは愛したときに、はじめて愛された。
それはまるで、日食のようでした。
「わたしの愛」と「あなたの愛」が等しく重なっていたときは、ほんの一瞬。
避けがたく今日の愛から、明日の愛へと変わっていく。
けれども、その一瞬を共有できたふたりだけが、愛が変わっていくことに寄り添っていけるのだと思う。
(本書264ページ目より)
最終章にあるハルの手紙の一部です。
愛し愛される時が重なるのはほんの一瞬で、恋や愛という形をもたずいつの間にかなくなってしまっているものを、短時間しか見ることができない日食に例えられていたのは新しい視点でした。
気がつけば相手を愛していない・恋が終わってしまっているという感覚は、誰でも1度はあるのではないでしょうか。
もちろん逆に、いつのまにか恋をしている・愛しているということもあるでしょう。
この小説は前者に焦点を当て、恋や愛を表現された作品です。
人が恋をし他人を好きになることは、自分がその人を「愛したい」ということではなく、その人から「愛されたい」という気持ちがあるからではないか。
自分が好きになった人と同じ気持ちになるだけでかなり類まれな出来事で、さらに重なる時はずっと続かないため日食のように短く儚いものだと表現しています。
だからこそ、一瞬一瞬を悔いなく色濃く生きる。
最後はハルが最後まで生きた場所へ出向き、ハルが藤代と一緒に見たかったインドの朝日を見にいくのですが、そこには行方知れずだった弥生も同じその場所で朝日が昇るのを見つめていました。
1つの愛が確かに終わり、1つの愛が再び始まる瞬間。
そんな光り輝く太陽の光を浴びた情景が浮かぶ美しいストーリーでした。
四月になれば彼女は:まとめ
小説「四月になれば彼女は」は、数年前に別れた恋人・ハルから突然手紙が届き、失った恋に翻弄される藤代の12ヶ月を描いた物語です。
誰しも愛していること、愛されていることを感じていたい。
でも残酷なことに、気持ちは時間とともに少しずつ形を変えてしまうものです。
終わったことなのになぜか無意識に過去にすがってしまう、胸をえぐられる切なさがあふれ出します。
この小説は根気よく読まないと、一気読みできるような内容ではありません。
全体的にスローペースでアナログな感覚があり、胸の奥に大切にしている若くて苦い記憶を思い起こされ揺さぶられます。
場面ごとにその情景を思い浮かべては目を閉じ、時に自分の学生時代を懐かしく思い出し、結婚を意識・決意した頃を振り返り、そして未来に待ち構える人生の最後を想像すると震えました。
好きな人に愛され、2人の想いが同じくらいの大きさで重なり合う瞬間の儚さを描いた恋愛小説です。
甘くないけど切なくて、でも確かにそこに愛はあったと実感できるでしょう。
妥協することなく、自分の目で確かめた愛の終わり方は自然でした。
特に大きな出来事はないはずなのに、物語の最初と最後では藤代の気持ちが大きく変化しています。
その変化はいつも大きな出来事ではなく、人の温かさに触れたりじっくりと考えたりすることによって殻を破る瞬間です。
よくある元恋人シリーズの1つではあるものの、間に挟んでくる描写がリアルで学生時代にできた初めての恋人は強烈に残るものだなと思い出すことでしょう。
藤代が裏切りにより傷つき、恋愛に対して感情移入できなくなった経緯から、死を前にしたハルの執念深さと理不尽さ、弥生がどうしたら愛してもらえるのかを模索しているという点から、恋愛に対する感情の喪失と再生がテーマだといえます。
ハルの撮る写真がどれも薄い色味という印象があるせいか、ストーリーよりも描写表現が色濃く出ていて巧みです。
ページをめくるたびに違う空間・世界へと引き込まれていくようで、読み進めていくと頭の中で映像化されて浮かんでくる不思議さがあります。
特に最後に出てくる、インド最南端の海から見る朝日も鮮明に想像できたほどです。
藤代は、かつての恋人・ハルの手紙から失った愛の記憶を取り戻すと同時に、再び弥生を手放しかけている自分に気づきます。
弥生を迎えにいく間、ハルとのことは描かれていても弥生に対する気持ちが描かれていませんでしたが、深く愛するという感情に逃げることなく向き合ったんだろうなと感じます。
失った恋への喪失感やそこからもがき苦しむ、自分の過去と今を問い続ける。
そんな主人公たちの物語ですが、婚約者・弥生の妹や病院の同僚、写真サークルの仲間などとのやりとりから、登場人物みんなが人を愛することへの答えを探し続けていて、彼らを通じて読者自身に問いかけています。
みんな人間らしい悩みをもっているものの人にはいわない一面があって、みんなが見えているのは表面的な自分です。
その辺りもリアルな人間の心理を描いていて、内に秘める思いが切なさを増幅させています。
恋愛や結婚への理想と、それとは無関係に進んでいく現実との狭間で。
人を好きになること、愛することとはどういうことなのだろう。
誰しも自分が1番大事であるけれど、この小説での出来事が実際に起きた時にその優先順位を変えることはできるのかという問いが自分の中でさらに深まる1冊だったと感じています。
著者の川村元気について
川村元気(かわむら・げんき)
1979年生まれ。
「告白」「悪人」「モテキ」「おおかみこどもの雨と雪」「君の名は。」などの映画を製作。
2010年、米The Hollywood Reporter誌の「Next Generation Asia」に選出
2011年には優れた映画製作者に贈られる「藤本賞」を史上最年少で受賞。
2012年、初小説「世界から猫が消えたなら」を発表し、140万部突破のベストセラーとなり、米国・フランス・ドイツ・中国・韓国などで出版される。
2013年、アートディレクター佐野研二郎と共著の絵本「ティニー ふうせんいぬのものがたり」を発表
2018年、小説2作目「億男」も映画化され、76万部突破のベストセラーとなった。
同年、初監督映画「DUALITY」がカンヌ国際映画祭短編コンペティション部門に選出された。
他にもイラストレーター益子悠紀と共著した絵本「ムーム」、山田洋次・沢木耕太郎・杉本博司・倉本聰・秋元康・宮崎駿・糸井重里・篠山紀信・谷川俊太郎・鈴木敏夫・横尾忠則・坂本龍一との対話集「仕事。」がある。
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