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ただ歩くだけなのに特別な「夜のピクニック」のあらすじ、感想・レビュー

2023年5月15日

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「夜のピクニック」・恩田陸

誰にも言えなかった秘密を清算したいとき。

友だちが遠くにいってしまい、相談できないとき。

あなただったら最後のチャンスをどう過ごしたいでしょうか。

今回紹介する本は、恩田陸さんの「夜のピクニック」です。

同作品は、吉川英治文学新人賞と本屋大賞をダブル受賞した恩田陸の代表作のひとつで、映画化や舞台化もされました。

当ブログでは、本の中で気になった言葉や心に残るメッセージを引用しつつ感想を書いていきます。

文中にはネタバレもありますので、読みたくない方は「感想・レビュー」の見出しにかかる本文を飛ばして読んでいただけると幸いです。

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夜のピクニック:基本情報

書籍名:夜のピクニック
作者名:恩田陸
出版社:新潮文庫(新潮社)
発売日:2006年9月7日

主要な登場人物

甲田貴子(こうだ・たかこ)

主人公で国立文系クラスの高校3年女子

西脇融(にしわき・とおる)

貴子のクラスメイトで母と2人暮らし

榊杏奈(さかき・あんな)

高校途中でアメリカへ渡った貴子の元クラスメイト

簡単なあらすじ

甲田貴子は、3年間誰にも言えなかった秘密を清算するために、密かな誓いを胸に抱いて高校生活最後の一大イベントである歩行祭に臨みます。

親友たちと歩きながら学校生活の思い出や卒業後の夢などを語らいつつも、貴子は小さな賭けに胸を焦がしていました。

しかし、頭をよぎる思い出や予期せぬ謎の人物、積み重なる疲労などで、何もできないままゴールが迫っていきます。

全校生徒が夜を徹して80キロの道のりを歩き通すという、北高の伝統行事「歩行祭」での出来事を描いた青春小説。

感想・レビュー

歩行祭とは、朝の8時から翌朝8時までの24時間、途中で休憩や仮眠を挟みながらも、高校生たちが長距離を歩き続けるという体力も精神力も必要とされる、ただ歩くだけのイベントです。

しかし、卒業を控えた高校3年生にとって、高校生最後の行事でもあり特別なものでした。

学年ごとに歩く団体歩行を終えた後半の自由歩行では、それぞれが一番の友達とゴールを目指します。

長距離をしかも夜を徹して歩くという非日常感と極度の疲労が、いつもと違う青春を登場人物たちが味わいます。

貴子は、この歩行祭で、とある小さな賭けをしていました。

それは今年から同じクラスになった、西脇融のことです。

貴子と融は、お互いの意思に反して意識せざるを得ない複雑な関係にありました。

実は貴子と融は異母兄弟であり、2人の心は複雑でした。

お互いを意識しながらも、言葉を交わすことなく過ごした高校生活3年間で、最後の年にクラスメイトになりました。

―あたしは、彼と普通に話ができるようになりたい。
あんな目で見られずに、笑い合えたらそれで充分だ。―

それは貴子の希望であり、異母兄弟とはいえ、何も言葉を交わさないのは悲しいけど複雑な心情も理解できます。

このまま卒業してしまえば、もう会うことすらもないかもしれないと考えると、貴子の真摯な思いに胸が痛みます。

これは、密かに好きだった人への想いと似ていると思いませんか。

告白もできずに悶々と悩み続けていいのか、何も話さずお互いに意識しないまま卒業して別れ離れになってもいいのか。

卒業しても連絡を取ったり会ったりしたいと思うなら行動を起こすしかないでしょう。

だから彼女は小さな賭けをしたのです。

もし賭けに勝ったら、彼と面と向かって自分たちのことを話し合おうと。

―彼女の賭けは、融に話しかけて返事をしてもらうこと。―

普段通りの日常だったら、難しかったかもしれません。

でもこの日は、普段言えないことを言う勇気を与えてくれる生徒たちにとって特別なイベント「歩行祭」の最中です。

途中から貴子と言葉を交わすことで、貴子を拒絶していた融の気持ちにも変化が訪れます。

―脇目もふらず、誰よりも速く走って大人になるつもりだった自分が、一番のガキだったことを思い知らされたのだ。―

彼の中ではさまざまな思いが駆けめぐっていたことがわかります。

貴子への苛立ち、自分自身への苛立ち。

彼女と異母兄弟だということを誰にも話せずに苦しんでいたでしょう。

彼女を無視しているはずが1番気にしていた、それは貴子も同じです。

歩行祭が始まった時と終わりに近づいた時とで、融の気持ちが180度変わったのが印象的に映ります。

青春小説というと爽やかで甘酸っぱいという印象をもつと思いますが、この小説では違い、むしろ真逆かもしれません。

本作に描かれている青春は、どこか暗い陰が感じられます。

読み終わってみると、未来へと繋がるきっかけが生まれる 「歩行祭」 がとても尊いものに感じました。

気になった言葉、響いた言葉

―(高校生活は)全ては大学進学の準備が基本にあって、「人生」と呼べるだけのものに専念できる時間はほんの少ししかない。
せいぜいその乏しい空き時間をやりくりして、「人生」の一部である「青春」とやらを味わっておこう。―

これは、貴子の考える青春で、もう一人の主人公である融も歩行祭を、実にシビアにとらえています。

―高校生という虚構の、最後のファンタジーを無事演じ切れるかどうかは、今夜で決まる。―

高校生同士の恋愛や友情といった青春小説らしい内容も描かれており、貴子や融はその真っ只中にいるはずなのだが、一方でどこか引いていて、客観的に冷めた目で見ています。

青春の陰と陽が、「歩行祭」という非日常的な行事を通して描かれているけど、融は青春を否定しているわけではないのです。

「青春しとけばよかった」という融のセリフがあり、私はこれが一番、心に刺さりました。

―みんなで、夜歩く。ただそれだけのことがどうしてこんなに特別なんだろう
ただ歩くだけなのにね。何だろ、この特別感は。―

最初はクラスごとの団体行動で、後半からは仲の良い友だちと夜をまたいで歩き通します。

歩行祭が特別に感じられるのは、隣に信頼できる友だちがいるからでしょう。

そして一夜限りの、高校生活最後の行事だからもあるでしょう。

時に走ったり、足を挫いたり、途中で休んでまた歩き出したりと、嫌になるほど夜通しで歩く80キロは辛く長い道のりです。

でも、歩行祭は人が歩む人生の道のりそのものにも見えるのです。

苦しいこともあるけど、ほんの些細なことで幸せを感じたりもする。

その道のりを、たとえ一時でも一緒に歩んでくれる人がいたら嬉しくて特別な気持ちになりますよね。

まとめ

ただ歩くだけなのに心が揺さぶられる、そんな心理描写にすごいと感じました。

この小説の主なストーリー以外で特に気になったのは、貴子に宛てた杏奈のおまじない(手紙)と昨年から紛れ込んでいた見知らぬ少年(杏奈の弟)です。

友だちを大切に思う杏奈と、姉・杏奈が好きな弟という関係性から心が温まってきます。

時に小さな謎を織り交ぜて意味がないようにも思えますが、友情や恋愛、そして貴子と融の気持ちに寄り添いながら喜怒哀楽を表現したかったのだと感じます。

大人になり社会に出ると、それぞれの人生があるのでなかなか親友という存在次第をつくることが難しくなってきます。

学生時代の友人や仲間をつくることの良さを感じると思います。

高校時代は見える世界も小さくて、皆がそれぞれの悩みを抱えていました。

大人になるにつれて、あの頃に抱えていた悩みがちっぽけに思えたりします。

でもあの頃はあの頃で、自分なりに精一杯悩みながらも一生懸命だったはずです。

学内行事だったり部活だったり勉学だったり、そういう学生時代の頃を思い起こさせてくれました。

本作品は青春ストーリーですが、歩行祭の辛い気持ちとやり切った達成感が味わえる小説です。

高校の歩行祭の隊列の中を、ずっとついて前に行ったり後ろに行ったりとまるで映画のカメラを覗いているような感覚がします。

作者自身が体験されたのではないかと思うほど五感に訴えかけてくる文章表現で、自分も彼らと一緒に長い道のりを歩いた達成感を味わうことができます。

大人になっても壁にぶち当たることだってあるでしょう。

学生時代に読むのと大人になってから読むのとでは感じ方や捉え方が違うと思うので、学生時代に読んだことのある方は読み返してみるとまた違った視点が見えてくるかもしれません。

24時間かけてただひたすら80キロの道のりを歩く、それだけのストーリーでもたった1日だけのストーリーに彼らの青春を一気に味わったような気持ちになりました。

また、遠く離れた親友や近くにいる友人の助けがあったからこそ、新しい世界が開けたことにも感動を覚えます。

―繫ぎ留めておきたい、この時間を。
夜だから、いつものみんなも違って見える。
私も少し、勇気を出せる。―

青春の陰と陽や高校生の心情が「歩行祭」を通じて鮮明に描かれており、懐かしさや切なさなどを思い出すでしょう。

著者の恩田陸について

恩田陸(おんだ りく)

宮城県仙台市出身の小説家。

1964年10月25日、青森県青森市生まれ。

早稲田大学を卒業後、生命保険会社や不動産会社などに勤務しながら執筆活動。

1992年に日本ファンタジーノベル大賞の最終候補作となった「六番目の小夜子」で小説家デビュー。

1998年より作家活動に専念し、2005年の「夜のピクニック」で吉川英治文学新人賞と本屋大賞をダブル受賞。

2017年の「蜜蜂と遠雷」で直木賞と本屋大賞をダブル受賞、「ネバーランド」「チョコレートコスモス」などを発表。

以後もミステリーや青春、コメディなど、既存の枠にとらわれない、さまざまな作風の小説を執筆しています。

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